Photo:Natalia Mindru

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性欲は、《愛》への欲です。

もっと愛されたい。

もっと愛したい。

ただそれだけの、とてもシンプルな、人間の根源的な本能です。

わたしたちは、どこまでいっても愛を与えあうために《セックス》をする生きもの。

男性も女性も、本当は同じくらい真剣に愛を求めています。

 

性欲は、食欲、睡眠欲にならぶ人間の三大欲のひとつとされていますよね。

ただ、性欲と聞いて拒否感を感じる女性が多いのも事実です。

あなたもそのひとりではありませんか?

これは、これまでの《性》情報が、主に男性の感性で語られてきたため。

男性の感覚だからこそ、女性であるあなたは(ちょっとちがう…)と違和感を感じるのです。

そう、思い出してください。

男女は裏と表の関係であることを。

《性》に目覚める思春期に入ると、男の子は早々と《快楽》の味を覚えます。

それはからだのメカニズムにより、いやがおうなしに射精を体験するから。

そのため、《性=快楽》という強いインパクトが焼きついて、性欲とは《快楽》への欲求だと認識します。

けれど、女性の場合は《性》に目覚めても、《快楽》と結びつくからだのメカニズムそのものがありません。

排卵がもたらす生理は、むしろ、大人としての自立が始まる孤独感の芽生えに近いものです。

そのため、恋人探しやモテる努力のほうにやっきになります。

女の子にとっては《性=恋》であり、《ハッピーになれそうななにか》です。

そこからつづく幸福な未来への欲求のほうが、《快楽》よりもはるかに強いのです。
ただ、男女のこのちがいは、《性》のとびらが異なるだけにすぎません。

陰の世界を開けるドアが、こちらとあちらにセットされているだけで、中へ入れば同じです。

愛し愛されたと実感できた時に、おたがいの《快楽》は驚くほど大きくふくらみ、《セックス》の本当のすばらしさと感動を共有することができます。

これが元々、人の心とからだにインストールされている《性》のしくみ。

生命の土台となるOSです。

わたし自身も性欲という言葉に違和感を抱きつづけてきました。

ちまたにあふれる性情報には、幸福という概念がほとんど抜け落ちていたからです。

人の本能とされる食欲と睡眠欲は、満たさないと生きていくことはできません。

けれど、仮に性欲が《快楽》への欲だけを指すとしたなら、どうしても満たさなくてはならないものではありません。

男女ともに《性の快楽》を得なくても、生きていくことはできます。

一方、人は、ひとりきりで生きていくことは絶対にできません。

とてもじゃないけど自立した生命活動ができない、未熟な状態で生まれてしまいますし、成人してからも、コミュニティから外れることは、死に直結します。

人は人といてはじめて生きられる。

だれかがそばにいる安心感は、生命維持の安心感でもあるのです。

人ひとりが生きるための本能としては、こちらの方がはるかに重要です。

だからこそ、あなたも社会に属し、家族に寄り添い、友人を作り、より居心地のいい関係を作ろうと、日々努力しているはず。

その努力は、人との共感や共鳴で報われます。

もっとだれかに深く理解してもらい、強い安心感に包まれたい。

自分の存在で、だれかを癒し、安心させてあげたい。

そんなふうに、漠然と感じているのではないでしょうか。

《性》はその延長線上にある、だれかと身も心もひとつになりたいという合一願望。

それはまるで、結晶のように純粋な願いです。

すべての女性のからだの奥には、このきらきらと輝く宝石のような、生命のかけらの結晶が詰まっています。

 

次回は【彼が口に出さないセックスへの思いとは?】です(=゚ω゚)ノ

どうぞお楽しみに♪

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