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オキシトシン・オーガズムのメッセンジャー、作家の水野スミレです。

わたしは、主にセックスをテーマにした文筆業を営むかたわら、あらゆる角度から性を研究、追求し、不透明で怪しい部分は自ら検証してきました。

それと同時に、たくさんの人から性の悩みを相談されてきました。

セックスレスで不安や不満を感じている人。

不倫の恋に誘惑されている人。

恋人ができなくて悩んでいる人や、夫婦生活はあるけれど悦びがないという人……。

女性もいれば、男性もいます。

自分では性の悩みだと気づかずに、パートナーとの関係に、息苦しさを感じている人もいます。

やはり性やセックスは、だれの人生とも切り離せない、とても大切なことなのだと実感すると同時に、より幸せな性のあり方や、だれも傷つかないセックスのカギになる核心を、ずっと探し続けてきました。

わたしはシングルマザーで、男女ふたりの愛する子がいます。

性に関わる仕事上でも、彼らの存在は、とても大きいものでした。

なぜなら、どちらの子も同じように愛おしく大切で、それぞれに男性として、女性として、自分の性―――つまり心とからだを、誇りに感じてほしかったからです。

そのために、どこかにかならず男女双方のしあわせを約束する性のカギがあると信じて、ああでもないこうでもないと20年以上研究してきたのですが……。

ついに見つけることができたのは、去年のことです。

とあるホルモンが、心とからだにどう働くかがわかった時に、すべての性の謎が解けました。

そして、性はエロやわいせつどころではない、人の健康と幸福に欠かすことのできない大切なものであるはずだという、わたし自身のかたくなな「仮説」が真実だと立証できたのです……。

このページには、25年前、わたしがまだボヤ~とした未熟女子だった頃の、ある不思議な性体験を書きますね。

25歳で結婚し、1年後に初出産をした26歳の時のことです。

その後もどうしても忘れることができず、また、忘れてはいけない気がして書き残していました。

文筆業を始めるずいぶん前でしたが、ここでご紹介します。

 

 その①出産編

初めての出産で息子を得た。

あれは、わたしが描いては掴み損ねてきた沢山の夢の中で、ただ一つの本物だった。

予定日が何事もなく過ぎてしまって、わたしは不安に苛まれながら床に就き、まんじりともせずに日の出を迎えようとしていた。

26歳のわたしは心根が弱く、夫との生活に早くも悲嘆に暮れていたから、白々と夜が明けた頃になって小さな陣痛が始まると、わたしは、ついにわたしが孤独な弱虫ではなくなっているだろう翌日を想って弾むように病院に向かい、陣痛の波に身を委ねた。

―――11時間経過。総合病院の陣痛室。

全身がくだけ散るかと思うほど激しい痛みが続き、「ようやく赤ちゃんの体勢が整った」と、分娩室に移された時には息も絶え絶えで、(いっそ死んだ方がましだ)と、それしか頭になかった。

容赦なく、どんどん強く、短くなる陣痛の波。

「いきんで!いきんで!」と看護師がしきりに指示しているけれど、いきむ力があるなら使って、一刻も早くお産を終わらせたいのは山々だ。

でも、その力がなかった。おそらく。体力の限界を超えていた。

気を失っては痛みで目覚めることを、1分刻みでくりかえし、叫び声を上げる力も使い果たして、津波にもまれる藻くずのように、激痛の渦に巻かるばかりだ。

分娩台に乗って2時間が経っただろうか。

骨盤付近が、めりめりと音を立てた。

一瞬、痛みが消えたかわりに、股間から強いオーガズムがかけのぼったのを、混乱する頭が感じ取った。

せめぎあう痛みと快感に、理性がパニックを起こしていると、からだに奇妙なものが乗り移った気がした。

どこからともなく恐ろしいくらいの力……。

疲れ果てたわたしのからだの力だとは、とうてい思えない。

宇宙からか大地からか、稲妻のようにすさまじいパワーが、一挙に腹部に宿ったのを、たしかに感じた。

偶像をイメージするなら、〈雷神〉だった。

なぜか、でもまさしく、あの〈雷神〉がこつ然と現れ、ぜい弱なわたしのからだに乗り移ったようだった――新しい生命を生み出すために。

(なに、これ!?)

ぎょっとするまもなく、わたしのからだは、勝手に動き始めた。

借りものとしか思えないパワーが全身にみなぎり、混乱する理性をよそに、強大ないきみを起こして産道から息子を押し出した。

たくましい男性よりも野太く、低く、分娩室に響き渡る大声で、わたしは唸っていた。

わたしの意識は、そんな自分のからだから離れ、茫然かつ冷静に経過を眺めている。

つるりとした感触と共に、からだのすべての激動がぴたりと止んだ。

腹部の痛みを、 沖に戻ろうとする波が連れ去る、そんな感覚。

あまりにもするすると引いていく。

天にふたたび飛び去って行く雷神の後ろ姿を見送るように、あれは何だったのだろう、という衝撃だけが脳裏に渦巻いていた。

フィギュア:リボルテックタケヤ 雷神

 

 

その②授乳編

息子が生まれたのは、日没時刻に近かった。

十九時過ぎに全ての処置が終わり、分娩室から病室に戻ると、冷めた夕食がベッドテーブルの上に載っていた。

焼いた鯖とごちゃごちゃとした野菜の煮物で、量だけは普段の倍もある。

わたしは食べ切れる訳がないと思いながらも、一口箸をつけると無意識の内に猛スピードで平らげた。

二十二時に夜食の果物とサンドイッチが出て、それも食べ、母が見舞いに置いていったロールケーキも一本丸々食べつくした。

そして、その晩は泥沼に沈み込むように眠った。

翌日は数時間おきに新生児室へ行って授乳をしたが、母乳がなかなか出なかった。

赤ん坊がわたしの子であることにも釈然とせず、どこか他人の子を抱くに近い距離感があった。

前日に引き続き、食べても食べてもおなかがすいた。

晩の夜食では足りないと困るので、母に頼んで菓子パンを買っておいてもらった。

零時を過ぎても寝つけず、またしても空腹を感じたわたしは、ロッカーからパンを出して食べ始めた。

砂糖剥きだしの甘味が口に広がると、ほっとすると同時に、突如として息子恋しさにぼろぼろと涙を流し始めたのだった。

明日の朝まであの子に会えない。

授乳時間になるまであの子を抱けない。

それが胸を引き裂かんばかりの悲しさで、何が何だか訳が解からず戸惑った。

わたしは感情を高ぶらせたり、口や表情に出して人に伝える事が巧くはなく、思春期以降に泣いた経験はなかった。

それが、こんな、いとも簡単に次から次へと堰を切ったように溢れる涙。

この悲しみは何。

この狂おしい恋しさは何。

会いたい。

抱いてやらなくちゃいけないのに。

朝が来るとそんな感情は綺麗に消えていて、首を傾げた。

夜中の、あの錯乱に近いセンチメンタリズムは何かの思い過ごしか、勘違いだったのだろうか。

ただ、その朝ようやく僅かな初乳が出た。

母子別室は母体の疲労回復のためだったが、産褥が良好だからと同室の指示が出た、三日目の晩の事。

買い物カートのようなベビーベッドから自分のベッドに息子を移し、わたしはしげしげと眺めていた。

出逢ってからまだほんの僅か。

接触したのはトータルで三、四時間しかない。

自分の子だという情みたいなものを感じようにも、ふしぎさや疑念のほうが先に立ってしまう。

どこからか湧いてきたか、降ってきたかと思うくらい、ちっとも見覚えのない赤ん坊。

言葉も交わせず、心を通わせるすべが解からない。

顔は、わたしの掌程度しかなかった。

潰れてしまいそうにやわらかな体をおそるおそる抱き上げ、胸と腕で包み込むと、この子は到底生き物であり続けられないんじゃないかという切なさが、ふとよぎった。

その瞬間、それがやってきた。

生まれて初めての強烈な快感だった。

快感といっても体が感じているのではなく、百パーセント頭が味わっている。

甘くやさしげに訪れたのでもなく、ぱんと破裂して降り注ぐようにいきなり襲ってきた。

至福。

恍惚。

いや、もっと壮大な広がりを持つ歓喜のオーガズムだ。

頭の奥深くの、どこか夜空に似た暗い場所に、突然スターマインが打ち上がって、快楽の金粉が豪雨のように降り注ぎ、激しい渦となって押し寄せ、わたしを揉みくちゃに巻き込んだ。

小さな息子は、それがまるで自分の所業さながらの当然の顔つきで、わたしの乳首を口で探し当て、吸い始め、再び雷神が宿ったように力強く母乳が漲り膨れ上がる乳房を、わたしは夢とも現とも思えず恍惚と見下ろしていた。

哺乳瓶経由の人工乳を受けつけず、飢えていただろう息子がわたしの乳を吸うごとに、意識がどろどろに融けていった。

果てしなく甘く、優雅に。

授乳が終わっても、わたしは至福の悦楽の余韻に漂いながら一時間、二時間と悦びの涙を流し続けていた。

眠りと気づかないままいつのまにか意識を手放し、息子の泣き声に目を覚まして乳首を吸わせると、またその歓喜に見舞われる。

夜通し繰り返された。

入院期間の残り5晩、まるで麻薬に侵されているように、わたしは夜な夜なその脳内のふしぎな暗い場所へ連れていかれ、快楽に涙を流していた。

画像引用:NHKスペシャル「人体・ミクロの大冒険」より

 

出産・授乳とオーガズムの成分は同じ

この体験をした20年後に、わたしは、まったく同種の鮮烈な快楽を、男性とのセックスで体験することになります。

身も心もとけあう感覚を、おたがいにはっきりと確認し、その後も信じあい、支えあい、守りあうという、それまで精神論だったものが【現象】として存在することを知りました。

ふしぎなことに、母子間の以心伝心によく似た、奇妙な言語外コミュニケーションも起きました。

これから相手が口に出そうとしていることが、頭の中に響き渡ったり。

まったく同時にLINE送信をしあう、体調不良を予知する、などです。

ともあれ――。

出産。オーガズム。

究極の性体験でわたしの頭に流れたそれが、「オキシトシン」という脳内ホルモンだと知ったのは、25年後の去年です。

NHK番組で、オキシトシンがくわしく特集されていました。

・人と人との絆を生みだす
・やすらぎと幸福感をもたらす
・心の通うふれあいで分泌する
・生殖年齢を過ぎた男性の脳および免疫細胞の劣化を防ぐ
・痛みを緩和する

こうした魔法のようなホルモンとして、医学界でも注目され、研究が進み始めていると熱く語られていました。

画面の向こうの解説を聞きながら、もう胸がいっぱいで、うれし涙が止まりませんでした。

ふれあい重視のセックスは、女性の8割が得たことがないというオーガズムを生み、美しい男女愛を生み、人の心とからだをすこやかに維持すると立証されたようなものだったからです。

25年前の鮮烈な体験がわたしの人生を変えたとしても、性やセックスをひもとくのは、誤解や偏見、差別、男性不信との闘いで、正直いばらの道でした。

でも、今は胸をはって皆様にお伝えすることができます。

オキシトシンは、傷を癒し、愛としあわせで心を満たして、細胞を若返らせ、スピリチュアルな生命の神秘をリアルに見せてくれる、すてきなホルモンです。

どんな人でも分泌させることができますし、むしろ、分泌するために備わっている、わたしたちの性のしくみではないかと思えてなりません。

●性やセックスに抱く罪悪感や後ろめたさを取り除くこと

●ふれあいとやすらぎに欠けた、興奮重視のセックス被害を減らすこと

●すべての男女が、オキシトシン・オーガズムのすばらしい体験に到達し、心は豊かに、からだはすこやかに人生を送ること

この3点を願って、あなたの人生にもきっと役立つことを、お伝えしていきます。

どうぞよろしくお願いします。

 

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