では、男性がセックスしたがる本当の理由を知っておきましょう。
社会学、心理学、生物学と、三種の分析法から順に記しますね。
専門家ではありませんが、どんな分野の学問も、「なぜ?」を解明するいちばん優れた手法ですから、説明するにも、あなたにわかりやすいと思います。
あまり難しくかまえないで読んでいってください。
あなたは、まわりの女性と自分をくらべたことはありますか?
「私は私」と思いながらも、つい、他人とくらべて優越感や劣等感を感じてしまうのではないでしょうか。
これは、生物学的に見ると、ごくあたりまえの本能です。
自分の優位性を同性同士の中で競おうとするのは、男女ともに、おかしなことではありません。
ただ、男性の場合は、それによって男性集団社会を作りあげていくために、【○○○比べ】が大好物であからさまです。
その【比べっこ】の中で、個人が自己優位性を示すスリートップが、「地位」「お金」「女性」です。
つまり、社会学的には、男性がセックスを好む理由は、ホモソーシャルという男性集団社会のヒエラルキー構造が生んだ〈優越欲〉となります。
「地位」が最も獲得困難なので、「お金」の所有量および「女性」体験数が、男性メンタリティーの強弱を左右します。
男性にとってセックスとお金は、ほぼ同じレベルで大切なんですね。
この男性集団社会の構造は、戦争を起こしたり経済の発展を担ってきたりと、清濁合わせもつところがありますので、俯瞰的事実としてのみイメージしてくださいね。
よく聞く「男には、あちこちに子孫(しそん)を残そうとする本能があるからだ」という本能説ももちろん有効ですが、そのわりに、子供欲しさにセックスする男性は割合として稀少です。
妊娠を告げられても、社会で認められた「妻」でなければ、喜びも達成感も感じませんし、子孫作りを拒否する男性も少なくありません。
また、性欲のピークが18歳から25歳であるのにかかわらず、精力が低下して自然な勃起力が失われても、依然としてセックスを必要とします。
これは、老化への焦りや不安ではあるのですが、精力がアイデンティティに直結するという心理の裏には、やはり社会性が培った〈優越欲〉が大きく影響しているのだといいます。
つまり、女性を征服して子種を撒きたい、あるいは女性の愛情を求める以上に、男性同士の優越競争だということになります。
次に、性心理を当てはめていきますね。
男性は、男性集団社会の居心地が良いという暗黙の協定を守るために、かえって息苦しさを感じつつ生きてきました。
上下格差、成果至上主義、根性論や妬み、そねみ、足の取り合い…。
男性は、女性が味わう数倍も、これら男同士の摩擦に耐え忍ぶ機会が多いのです。
表面的には団結しているようで、実は心を許せる相手がいない…仕事を離れたら友達も離れる…。
とくに、熟高年になってからの男性の孤独感、心の苦しみは、胸がつぶれそうに痛々しい事例も少なくありません。
その上、射精することに対する潜在的罪悪感もあります。
日本文化は基本的に犠牲文化ですので、社会構造もそうなっています。
ガマンが美徳とされ、個人の快楽に対する理解が非常に薄い社会です。
性教育が未熟なのもそのためで、男児の精通を「大人になった」と祝ったり、一緒に成長を喜んであげるという意識を持ちません。
ですから、本来、他人に承認してもらえる、もらえないで物事の善悪を覚えていく男の子達は、ここでいきなり荒海に放り出されてしまいます。
自分の頭で、(射精=善)と判断できる強い男の子は、ほとんどいないでしょう。
多くは、誰かに承認してもらえるようなことではない、おねしょよりもマズいことが起きたと感じ、悪だと捉えます。
やがて、友達や大人向けの性情報により、射精を肯定できるのですが、善ではなく、悪の快楽として肯定します。
この時、デリケートな男の子の心は、自分の身に起きた悪が生涯つきまとうという事実により、喜びや自信に勝るダメージを受けています。
その心的ダメージを外部に知られないよう、成長と共に性的武装をしていきます。
結果、次のようなセックス観が仕上がることになります。
射精 = 悪の快楽 = 罪悪感 = 女性憧憬(じょせいどうけい) =凌辱願望(りょうじょくがんぼう) |
この式は、どこを切り取っても=(イコール)で結びつけることが可能です。
射精=凌辱願望、悪の快楽=女性憧憬 罪悪感=凌辱願望
女性憧憬=凌辱願望のくくりは、社会学ではミソジニ―とも言います。
悪に縁がなさそうで、清らかに見える女性をうらやましく感じ、同化したいという胎内回帰願望を振り払おうとする、男性心理のパラドックス(矛盾のこと)ですね。
遺伝子レベルでは、哺乳類全体の基本染色体構造がメス型だと言いますから、そこにY染色体上の精巣決定因子を持って男性になる過程も影響しているかもしれません。
難しい話はさておき、この女性憧憬=凌辱願望により、男性は、女性にも快楽に対して罪悪感を持って欲しいと望み、セックスを恥ずかしがる女性のしぐさに欲情します。
セックスに罪悪感を持つ女性が、自分のために恥じらいをかなぐり捨てて快楽に溺れる。
あるいは、犯し、穢して、自分と同じ罪悪感をわかちあってもらう。
これが基本的な男性のセックス観で、現代日本人のセックス原型です。
これを元に、「これぞ快楽、これぞセックス」という類似した性情報がどんどん生まれて、広まりました。
今の日本の性文化は、この原型からの応用になっています。
風俗店、雑誌グラビア、漫画、官能小説、AVなど、この原型から外れたセックス関連商品を提供しても客がつかないために、市場から淘汰されていきました。
セックスの原型は本能ではなく、文化、社会的な影響による後天的なものですから、諸外国でも、その国、コミュニティーによってさまざまです。
でも、パートナーシップとセックスを、これだけ引きはがしている日本は、世界的にも類を見ない特殊さです。
では、なぜ日本は「パートナーシップのためのセックス観」を育てなかったのでしょう。
ざっくりいうと、他国の侵略がない島国のため、女性よりも男性のほうが人口比率的に多かったことがひとつです。
つまり【男余り】で、女性と関われずに生涯を終える男性も山のようにいたわけです。
すると、女性またはセックスという行為をとことん理想化し、より美味しそうなごほうびに仕立てて労働や戦争をさせることで、支配する側にとって非常に都合が良い構図ができあがりますね。
身を粉にしてよく働いたごほうびが「女」でなければ、男性は働かなくなります。
家で奥さんと愛しあい、身も心も快楽で満たされたら、セックスにお金がかかりません。
そんなにあくせく働く必要がなくなります。
だから、売春禁止と言いながらも、日本はいまだにソープランドを始めとした一大風俗大国です。
セックスにはお金がかかる。セックスのために仕事をがんばる。
資源の乏しい日本が経済大国になるためには、働き手である男性に、こう思わせなくてはなりませんでした。
そのために、一般の女性たちは、セックスを「汚らわしい行為」「恥」と教え込まれて、セックスを罪悪視するようになりました。
結果、どうだったでしょうか。
大成功です。
日本が、これだけの発展国になれたのも、男性たちの団結力の強さがあったからこそ。
個人の快楽は棚上げで、経済成長のために一丸となって生きるのが、日本人男性の典型でした。
それだけ、日本人男性は男性集団社会に忠実だったのですが、それはすなわち、セックスが社会のために尽くした「ごほうび」だったということです。
「パートナーシップのためのセックス観」が、育つ土壌がありませんでした。
こうした旧時代は終わりましたが、当時の男性向け「ごほうび」性文化は根強く残りつづけて、これが今、女性たちを苦しめている元凶です。
ありもしない妄想性情報を元に、女性たちが自分の性とのギャップを感じているわけです。
たとえば、わたしは50代になりましたけれども、
周囲の同世代で、男性への性的失望感を感じていない女性は、悲しくなるほど少ないのです。
日々の暮らしのささいな不満は、おたがいの努力や慣れ、諦めという名の包容力で埋め合えます。
皆、大人ですから、男女どちらもそれくらいはだれでもしています。
けれど、セックスに関することは、男の理想にそうそうどこまでも合わせられるものではありません。
なぜなら、わたしたち女性のからだは、男の理想のようには作られていないからです。
ところが、そのことが男性には理解できないといいますか、信じられないのですね。
長年、それで通ってきてしまったからでしょう、多くの男性はセックスに対する考えや態度を変えられないのです。
もしもあなたが男性であるなら、なおのこと。
女性のからだをいたわり、守るためには「正しく知る」ことが不可欠です。
それができていて女性の信頼を勝ち得た男性たちは、自らの心とからだにもゆがみがなく、さわやかですこやかで魅力的です。
男女間の調和が整うと、ときめきや生きがいの絶えることかありません。
人生そのものの満足度・価値ががぜん違ってきます。
そのためには、性やセックスの勉強は必須なのです。
あなたの人生という名の大きな大きなパズル。
長い時間をかけてさまざまな体験を重ね、自分だけのすてきな絵を、だれもが完成したいと願っています。
けれども、なぜかどうしても見つからないラスト一枚のピースは”性”なのです。
当サイトの連載コンテンツ『オキシトシンオーガズム』では、そんなお話とともに、究極の性の快楽を知る方法も教えています。
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いずれ、すべての女性たちには、まだ圧倒的に情報量の少ない「男の性」について、『オキシトシンオーガズム』でしっかり把握することをおすすめします。
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