生きていく中で、いちばんつらいのは何だと思いますか?
「伝わらないこと」です。
たとえば、からだという陰世界では、血液循環が滞っただけで体調不良を起こし、心にも不安という影を落とします。
血液やホルモン、細胞の波動が本来伝わるべきところへ「伝わらないこと」は、あらゆる病の元ですし、健康を損なうということは人のからだが直面している伝わらないつらさです。
陽の世界でも、想いや能力、努力、行動したことが人に伝わって初めて、暮らしが成り立ちます。
伝えたいのに人に伝わらないというだれかのつらさこそが、社会の闇を作り出してしまいます。
血管の、どこかほんの一か所が詰まったら、それを取りのぞかない限り、からだ全体の機能をじわじわと低下させてしまうように。
「伝わらないこと」が、陰陽どちらの世界でも、生きる悲しみや不幸を生み出しているのですね。
息苦しくて。
生き苦しくて。
そんな声が、陰陽どちらの世界からもひっきりなしに聞こえてくる現代。
わたしは、陰世界での男女関係の詰まりが、さまざまな悲しみや不幸を生み出し、陽世界にも影響を及ぼしていると感じてなりませんでした。
親の世代から子の世代へと影響することも多いでしょう。
その原因は一つ。
性やセックスが愛から切り離されてしまったことにあります。
人はだれでも愛を伝えたいし、だれかの愛が伝わってくれば、生きていることも報われます。
よろこびや達成感、自己肯定感という快感が生まれて、本当に細胞や血液、神経の働きまで変え、人をすこやかにしてくれます。
心とからだのしくみは、初めからそういうふうにできています。
大切な人に愛を伝えようと思う時、プレゼントという物質を選ぶかもしれないし、手段として言葉を選ぶかもしれません。
音楽かもしれませんし、親子であれば教育かもしれません。
それは、人それぞれです。
けれども、立場や状況、価値観が違えば、受け取り方も違ってしまいます。
そのために、贈った愛が愛として「伝わらないこと」が、人の世の悲しみの大半なのです。
親子関係でも、恋愛関係でも、理性は思うほどあてにはなりません。
陽の世界は流れ続けていて、常識や状況は常に変わり、あなたの気持ちも変わっていくからです。
心は自分にうそがつけて、ごまかせても、からだはうそがつけません。
理性ではコントロールできない部分が、あなたという生命を守っているのです。
見つめあうこと、ふれあうこと、抱きあうこと。
人のそばにいることの大切さ、そばにいたいと思う人の大切さを、わたしはあなたにお伝えしたいと思います。
生殖も含めて、性的欲求やセックスの本当の意味はそこにある、と。
このことを知った上で、してみたいとわくわくすることなら、色々なセックススタイルを試したり、快楽追求を楽しむ分には良いのではないでしょうか。
なぜなら、その時すでに、あなたはひとりぼっちではなくなっているからです。
陰陽のバランスを取りあえる、かけがえのないパートナーを手に入れていて、陰世界で何をするにもふたりで一緒です。
孤独だったり、傷ついたりすることは、二度となくなっているでしょう。
女性的な感性は、言葉自体が存在しないことも多いので、言葉のかわりに芸術になったり音楽になったりしていますが、その根本は生命の賛美です。
性やセックス、オーガズムも同じで、一人ひとりが自分や相手の生命に美意識を持つことから、順を追って陰世界の道が拓け、人本来の美しい愛の気配が陽世界にも広がって、世界をより平和に変えてくれるのではないでしょうか。
性やセックスの陰世界では、男性は女性のからだを守ることで心を伝えてください。
そうすれば、彼女はあなたの想いを受け入れて、愛を育ててくれるようになります。
女性は、男性にからだを守られることで、自分の心を守ってください。
先に心を守ってもらいたいかもしれませんが、視覚優先の男性にはなかなか難しい部分もあるでしょうから、その後にしましょう。
からだを守ってもらうということは、具体的には、セックスの時に「守られている」と感じる触覚を与えてもらうことです。
すると、オキシトシンが、あなたとパートナーを、悲しみや病という外敵からしっかりと守るサイクルができあがります。
自動的に、幸福のスパイラルが始まります。
生き苦しかった陽の世界が、きっと、みるみると輝きはじめるでしょう。
終わりに
いかがでしたか?性と愛のもつれをひもとくセクソロジー「オキシトシンオーガズム」。
あなたの疑問や悲しみに、少しの〈納得〉という助けとなり、胸に小さな希望を灯せていたら、うれしく思います。
この連載で展開してきたオキシトシン理論は、ほぼ最新の人体の事実だと自負しています。
ただ、残念ながら、医学にも学問にもなりえません。
それを記す立場にわたしはなく、原稿に込めたただひとつの願いは、誤解や感情論に陥りがちな「女性の性」を冷静に解き、現代に広がる性の悲しみを減らすことでした。
その目的のために、西洋医学も東洋医学も脳科学も哲学も、あらゆる学術研究を借用して、体験談をまじえながら、超スピードで進めてきました。
医師や学者の方々にすれば、乱暴な知識の乱用に見えるかもしれません。
ですが、わたしがどの学問の専門家でもないからこそ、厚かましくも書いてしまえた、かぎりなく時代に必要とされている仮説だと思っています。
そう、科学で立証されていないすべてのことは、仮説です。
けれども、科学で立証しきれていない宇宙の中で、わたしたちはたしかに生きているのですよね。
医学や学問が、セックスやオーガズムという暗黒星雲を、本腰入れて調査することは、この先もないでしょう。
だから、それ自体がこの高度文明社会で、ぽつんと置き去りにされた孤独の象徴です。
暗闇を手さぐりで進み、輝くきら星を見つけ出すには、わたしたちひとりひとりの知性、感性、そして良識に頼るしかありません。
「科学者はみな、個人的経験やその時代の気分、学会での力関係に基づいて、探求の方向性を選ぶのだ。意識されていない記憶や経験も、おそらく自分が思っている以上に関与しているだろう」
これは、わたしが大いに参考にさせていただいた『オキシトシン』の著者、シャスティン・ウヴネース・モベリ博士の言葉です。
オキシトシン研究の世界的権威であるシャスティン博士もまた、ご自身の出産、授乳体験をきっかけに、オキシトシンの研究をスタートさせたとも述べられています。
わたしは、このことに勇気を得て、だれにも身近な性愛の基礎を構築する決心をしました。
簡潔さ、わかりやすさが求められる中で、どこまでかみ砕けたかはわかりませんが、あなたが理解し、人生に役立ててくれるよう、深い祈りを込めています。
最後まで読んでくださって、どうもありがとう。
あなたとあなたの大好きな人が、いつまでも末永くしあわせなふたりでいられますように。
ひとりでも多くの男女が、自分の性に誇りと美意識を持ち、生きる悦びと希望の中に、たった一度の人生を笑顔で送ってくださいますように。
『医心房 巻二十八 房内篇』撰:丹波康頼 全訳精解:槇佐知子(2004年 筑摩書房)
『黄帝内経 中国古代の養生奇書』編訳:張恵悌(1995年 医道の日本社)
『精子戦争 性行動の謎を解く』著者:ロビン・ベイカー(1997年 河出書房新社)
『性欲』著者:大島清 (1997年 ごま書房)
『ヒーリング・ラブ タオ式愛の交感術』著者:スティーヴン・ラッセル ユーゲン・コルブ(1994年 河出書房新社)
『ヴァギナ 女性器の文化史』著者:キャサリン・ブラックリッジ2011年 河出書房新社)
『決定版 感じない男』著者:森岡正博 (2013年 ちくま文庫)
『オキシトシン』著者・シャスティン・ウヴネース・モベリ(2008年 晶文社)
『禅と脳 「禅的生活」が脳と身体にいい理由』著者:有田秀穂 玄侑宗久 (2005年 大和書房)
著者プロフィール
水野スミレ:作家。2003年、初小説『ハワイッサー』でカドカワエンタテインメントNEXT賞を受賞しデビュー。小説のほか、ノンフィクション、児童書、ノベライゼーション、雑誌コラム連載など、幅広い分野で執筆活動を行っている。近著に『AV男優という職業 セックス・サイボーグたちの真実』(KADOKAWA)。
中国古典性医学会/日本児童文学者協会所属。