Photo:Natalia Mindru

Photo:Natalia Mindru

 

あなたはAVや官能小説を観たり読んだりしますか?

性の快楽やセックスに興味を抱くきっかけが、AVや官能小説だったという女性は、意外と多いらしいのですが、

実はわたし、今もってこちらの世界をほとんど知らないという、このジャンルで仕事しているものかきにしては、かなりめずらしい人間です。

AVを通しで一本観たことは、仕事で一回あったかな、という程度。

官能小説では、寂聴先生の「花芯」と村山由佳先生の「ダブルファンタジー」くらいでしょうか。

(こちら二作品、官能小説とは言わない…かな??)

いずれの時も、何だか胸が苦しくなるどうしようもなさに、心が悲鳴をあげていたのを覚えています。

もちろん、作家さんやAV業界の方々の創造性や信念はリスペクトしているのですが、

ただ、そこに「不幸感」や「淫猥感」「攻撃性」を嗅ぎ取ると、とたんに受け入れ回路がシャットアウトしてしまうヘタレなんですよね。

ですから、セックス系の創作物についてはほぼ無知です。今後、吸収する意欲もほとんどありません。

かといって潔癖でご清潔なのかというと、そういうわけでもなく…

というか、そう思っておられる方もあんまりいないと思いますがw、

わたしが何系の何者なのかというと、「現実派の現場主義者」です。

最高の性の境地で感じたことは…

自分で見て聞いて感じた現場感がすべて。

とくにセックスに関わることでは、メディアや人様の意見に頭から染まったことは一度もありませんでした。

恋人でさえ、ある程度好きに遊んでもらっておいて、手の内や奥行きが見えたところでジャッジする、といった判断力を常に持っていました。

イヤな女ですねw

でも、しかたがなかったのです。

セックス情報には疑わしい話がとても多かったですし、そうした怪しい情報をうのみにする男性も少なくなかったので。

わたしには、下を見てゾクゾクするより、上を見てフワフワしていたいよくばりさと、最高の性の境地を知るべき理由がいくつかありました。

そもそも、部屋でも街でも自分の心の中でも、汚れた状態より、きれいな状態のほうが心地よくないものでしょうか…。

それなのに、なぜ性というだれにでも備わる機能に、いちいち羞恥だとか愛憎だとか、妙な色をつけて濁らせるのかが納得いかなかったんですよね。

それで、どうにか性がシンプルに美しいと感じてもらえる「証拠」をセックスの中に見つけ出し、

どんな人の生活圏内にも落とし込める現実的な幸福感として提示して、悩める人たちや、未来ある若い人たちに、笑顔で胸を張って伝えたいという夢がありました。

ですから、出産、授乳からさまざまな男女との関わりまで、先入観に流されずに、自分の五感だけで自分自身を検分、検証、精査してきました。

それくらい現実的で可愛げがないというか、頑固者のたどり着いた先が、世にも美しいオーガズム世界、神秘の性メカニズムだったのは、

本当に自分のこの身体はすばらしく、与えられたこの生命は美しいと感動する以外の何ものでもありませんでした。

だから、自分以外の人たちに対しても、何をなしとげた人だからとか、何で成功した人だからということ抜きで、たしかな尊さを強く感じるんですね。

したくない人に無理にセックスしろという気はもちろんありませんけれども、もし委縮しているだけなら、恐れるほどのことでもないんです。

人知れず心で苦しみ、身体で悲しむほうがはるかに害があり、意外に恐ろしかったりします。

人が人であることのピュアな本質

色んなセックス現場もたくさん見てきましたし、それぞれの想いも見聞きしてきました。

肉眼で傍観者的に見るということは、その方々の性行為の全体像を見ることになるわけです。

すると、あまりわいせつさって感じないんですね。

逆に、人が人であることのピュアな本質が伝わってくるほうが強くて、むしろAVや官能小説や写真などのほうが、ずっと淫靡なのでは…。

リアルとファンタジーの違いは、視点です。

創作の技術というのは、どこかしらの一部分をある視点でクローズアップする技術です。

「ここが背徳的で刺激的」

「ここに絶望と悲哀がある」

「ここが淫らでなんともいやらしい」

一方、傍観する時は、「ここだけを切り取ってじっと見る」ことはしません。「ナイス場面だけ編集」もされていません。

全体をフラットに、すべてをいったんフェアに吸収することになります。

これによって、わたしとしては、すごく納得ができたのです。

人が本当にセックスに求めているのは「背徳」でも「不幸」でも「淫ら」でもありません。

もちろん、表面的にはそうした意識で楽しむ方もいらっしゃいますが、その表層意識のさらに奥へと目を細めてフォーカスすると、

やっぱり「愛」や「相手の優しさ・受容」「根源的幸福」への希求心です。

男性も女性も、です。

それなら、最初から「性の快楽=愛・しあわせ」でいい。「愛・しあわせ=性の快楽」でさえあるかもしれない。

…というのが、わたしの軸となるメッセージです。

愛・しあわせ=性の快楽

もの足りない方もいらっしゃるかもしれませんし、ぜったい踏み込めない方もいらっしゃるとは思います。

ですが、人の肉体の一構造であるのに、何をそんなに「エロだ」「ヒワイだ」「フケツだ」ってワーワー大騒ぎするんだろうって思うのも、正直なところです。

愛や優しさ、幸福は、一過性の文化ではなく、未来永劫人間の生きる糧です。

愛しあい、互いに快楽を得ることだって、助けあうこと、与えあうこと、支えあうことと同義の、ごく美しい人間の姿です。

そういった美意識は、やはり女性が実感して、女性自身が誇りとともに追求し、次世代に伝えていくべき大切な価値観だと、わたしは心底思っています。

これからの女性が、もっと自分の性に目を向け、自信を持てる世の中になるといいですよね。

あなたもわたしも若い娘さんたちも、女性はみんなまるごとぜったいすてきなんですから。

 

Digiprove sealCopyright secured by Digiprove © 2016 Sumire Mizuno

〈性の浄化〉をがんばるスミレママを
いいね!で応援しよう☆彡

Twitter でスミレママをフォローしよう!